『前者の戯言』 ラグビーシリーズ④
 前中良太 (法 4年次)
準備OK、出番待ち! 「22番の置き手紙」

DSC_1222hensyuu


もう、ポジションにこだわりはない。どんな形であれ「出場機会」に飢えている。本職であるSO[10]、CTB[12,13]。言われればWTB[11,14]やFB[15]だって。

前中良太(4年 向陽)は2016年のリーグ全7試合を『22番』で戦い抜いた。

①同志社戦〔10分〕②関西大戦〔20分〕③関学大戦〔12分〕④近畿大戦〔25分〕⑤摂南大戦〔4分〕※〔 〕=出場時間。

出場5試合で計71分間。フィールドに立ったのは限られた時間であるが、その貢献度は高い。試合開始20分ほどでのリザーブアップでは率先して後輩たちを指揮。4年目の存在感を放っている。

「もし、負傷しても代わりに自分がいる。スタート(先発)にはバテるまで精一杯やってほしい」と、目線を上げて雄々しく語る。普段、あまり言葉で引っ張るタイプの性格ではない。それでも、勇ましいコメントを口にするのは、赤紺『22番』の背中に誇りを持っているからだ。

昨季は背負った[10]。本来はSO(スタンド・オフ)の選手。だが、2016シーズン。その場所には、高原慎也(4年 桂)がいる。全7試合にSO[10]としてスタメン出場。正確なキックを武器として98得点を挙げ、関西Aリーグ得点王に輝いた。

前中はシーズン開幕前、悔しさを滲ませていた。「なんで自分がスタートじゃないんやろ」と、何度も唇を噛んだ。だが、現在は違う。「キックが上手でプレーの判断が良い。あいつに負けたなら、素直に仕方ない」と、同学年で同ポジションのライバルを評する。

DSC_2195hensyuu

〈試合を勝利で終えピースサイン 写真左が高原、右が前中〉

DSC_2377hensyuu

〈6月の台湾遠征:空港にて 写真左が高原、右が前中〉

そして試合を重ねるごとに『自らの役割』に気が付く。16番から23番のリザーブ8人はベンチで待機しているが、常に試合に出ている気持ちで準備を心掛ける。突然の負傷交代や治療での一時交代に備えているからだ。「必要とされるなら、どこでもやる」。自分の気持ちを押し殺し、チームの勝利を第一に考えた『結論』だった。

DSC_4828


前中は京産大に入学してすぐ、Bチーム(Jrリーグ)でプレー。1年生ながらAチーム昇格を目前とするまで存在感をアピールした。順調に見えた大学ラグビー生活。だが、思いもしない「悲劇」が待っていた。

2年夏、菅平での出来事だった。合宿初日、明治大との合同練習で『不運』に遭う。足の甲を強く打ち負傷。診断結果は骨折と靭帯損傷だった。「長野まで行って『やるぞ!』ってときにケガして…。次の日に京都まで帰って手術を受けたんですけど…情けなかったですね」。

すぐ手術に踏み切ったのは、理由がある。「どうしても試合に出たくて。1日でも早く復帰したかった」。その思いを胸に、懸命にリハビリに励んだ。そんな2014年シーズンはV争い。焦る気持ちがわかる。すると、驚異的な回復力を見せ、残り2節でAチームに初合流。リザーブだったため出場機会こそなかったが、関西Aリーグ準優勝のメンバーだった。

そして、迎えた大学選手権。初戦の相手は流通経済大。スタジアムはラグビーの聖地・花園だった。試合は7-55で敗戦。ワンサイドゲームだったが、思わぬ収穫があった。「途中出場だったけど、花園は初めて。緊張で頭が真っ白になった」とAチーム初出場を思い返す。

前中は向陽高校からスポーツ推薦ではなく一般入学で京都産業大学へ進んだ。高校時代は京都大会ベスト8が最も良い成績だったため、花園出場経験はない。

進路を決めるとき「京産大に入りたい」と、ずっと思っていた。しかし、「実はラグビーを続けるのか迷っていた」と苦笑いで話す。なぜ、ラグビーを続ける道を選んだのか。気になったので聞いてみたが、返答は意外だった。「高校の顧問が『もう大学に連絡しといた』って。自分は知らなかったのでビックリしました」。

だからこそ、困ったこともあった。「(ラグビー部に)先輩がいなかったので朝練習があるとか、こんなに練習が厳しいとか知らなかった」と4年目になって、初めて苦労話をこぼす。

『恩師』と慕う、高校時代の監督は今でも前中を気にかける。12月11日(日)の大学選手権(VS明治大@花園)も観戦に訪れるという。

DSC_5411


前中は、自分の弱点を理解している。「ディフェンス面ですね。タックルがダメと元木コーチに言われ続けている」。4年間、神山グラウンドで何度も汗を流し、ひたむきに課題を克服してきた。

出場機会は試合展開で決まる。「数分間あるかどうか。勝ちの方向に流れを掴むのが役目」。

DSC_5541


DSC_5542


DSC_5543


DSC_5544


《魂を込めてぶち当たる。磨き上げたタックルに自信を持って》

DSC_5402


取材を終えて、一息ついたとき。不意に思わぬことを話してくれた。「今年で卒業するんで『置き手紙』を書いてから、退寮したいんです」。詳しく聞いてみた。

「朝起きたときベランダにネコが来るんです。挨拶が日課になってたんで、来年から部屋を使う部員に『仲良くしてくれ』って書こうかな」と、白い歯を見せて微笑む。ここで一転。「冗談っす」と表情を緩めた。本当に後輩へ伝えたいことがある。

「素直にラグビーを楽しんでほしい。大好きなラグビーを全力で」。

DSC_5571


赤紺の新たな歴史へ。この男が『救世主』となるべく、最後のピースを埋める。